きりしまノート

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旅先で聞いた話・歴史の断片・宇宙や図形のこと。おもいつくままに。

光より速く膨らむ宇宙——暗黒エネルギーの謎【標準宇宙論⑥】
銀河NGC 4526の左下に輝くIa型超新星 SN 1994D。1998年の加速膨張の発見は、こうした「標準ろうそく」の観測から導かれました(NASA/ESA Hubble)
宇宙・物理2026-05-01

光より速く膨らむ宇宙——暗黒エネルギーの謎【標準宇宙論⑥】

前回は、宇宙の27%を占める「見えない物質」——暗黒物質の話をご紹介しました。今回はその続き。宇宙の**残りの68%**を占めるもうひとつの謎、暗黒エネルギーです。

そして今日のテーマには、こんな不思議が含まれています。

📝 NOTE

宇宙の膨張は、光より速い。

「えっ、光より速く動くものはないんじゃないの?」——そう思いますよね。実はここに、相対性理論の面白い「抜け道」があるんです。後半でじっくりご説明します。

1998年——観測天文学者たちの衝撃

ハッブルの法則(第3回)によって、宇宙が膨張していることはわかっていました。当時の科学者たちが知りたかったのは、こんなことです。

📝 NOTE

「膨張の速さは、これからどうなるのか?」

宇宙には物質があります。物質には重力があります。重力は引き合う力です。だから普通に考えれば——

膨張は重力に引っ張られて、だんだん遅くなるはず

つまり減速しているはずでした。

ところが1998年、2つの研究チームがそれぞれ独立に観測して、ほとんど同時に同じ結論を出しました。

📝 NOTE

「宇宙の膨張は、減速していない。むしろ加速している」

この発見は天文学者たちを驚かせました。重力でブレーキがかかるはずの膨張が、なぜか逆にアクセルを踏んだように速くなっている。何かが宇宙を押し広げている——その「何か」を呼ぶ言葉が必要になり、暗黒エネルギーと名付けられたんです。

この発見をした3人の研究者(ソール・パールマッター、ブライアン・シュミット、アダム・リース)は、2011年にノーベル物理学賞を受賞しました。

「標準ろうそく」でわかった加速膨張

3人はどうやって膨張の加速を発見したのでしょう? 使ったのはIa型超新星という特殊な星の爆発です。

Ia型超新星は、ある条件で星が爆発するときに必ずほぼ同じ明るさになることが知られています。これがとても便利なんです。

Ia型超新星 → 本当の明るさは(ほぼ)一定
→ 見かけの明るさを測れば、距離がわかる
→ 「標準ろうそく」と呼ばれる

第2回でご紹介したセファイド変光星と似ていますね。違いは、超新星はとても明るいのでもっと遠くまで測れること。つまりもっと昔の宇宙まで届くんです。

3人の研究チームは、何十個ものIa型超新星を測りました。そして遠い宇宙(昔の宇宙)と近い宇宙(今の宇宙)を比べると——遠い宇宙のほうが、ハッブルの法則から計算した値より暗く見えていたんです。

暗い=予想より遠くにある=膨張が予想より進んでいる=加速している

暗黒エネルギーとは何か

加速を引き起こしている「何か」が暗黒エネルギーです。でも正直に言うと、暗黒物質よりさらに正体不明なんです。

わかっているのはこれだけ:

  • 宇宙のあらゆる場所に、ほぼ均一に存在する
  • 重力とは逆に、空間を押し広げるように働く
  • 宇宙全体のエネルギーの**約68%**を占める

「重力の逆」のように振る舞うこのエネルギー。ビッグバン直後の宇宙では物質の重力のほうが強く、膨張は減速していました。でも宇宙が膨らむほど物質はまばらになり、重力は弱まります。一方で暗黒エネルギーは空間に均一に広がっているので、空間が広がるほどその総量は増えていく。

昔の宇宙 → 物質の重力 > 暗黒エネルギー → 減速
今の宇宙 → 物質の重力 < 暗黒エネルギー → 加速

約50億年前あたりで力関係が逆転し、加速が始まったと考えられています。

さて、本題——「光より速い膨張」って?

ここでいよいよ、冒頭の不思議に戻ります。

📝 NOTE

「光より速く動くものはない」と聞いたことがあります。なのに、宇宙の膨張は光より速い?

実はこれ、現代物理学のもっとも誤解されやすい部分のひとつなんです。整理してみましょう。

光速の制限はどこに当てはまるの?

アインシュタインの特殊相対性理論は、こう言っています。

📝 NOTE

空間の中を動くものは、光より速くなれない。

ここがポイントです。「空間の中を動くもの」——たとえばロケット、電子、光そのもの——これらは光速を超えられません。

でも宇宙膨張は違います。膨張しているのは空間そのものなんです。

ロケットが宇宙を進む  → 光速制限あり
空間そのものが広がる  → 光速制限なし

たとえてみるとこんなイメージです。

レーズンパンを焼くと、生地(空間)が膨らんでレーズン(銀河)の間隔が広がりますよね。このとき大事なのは、レーズン自体は生地の中をまったく動いていないということ。レーズンはただそこにいて、間にある生地が増えているだけなんです。

レーズンが生地の中を「進む」 → 「動き」(光速の制限あり)
生地そのものが「ふくらむ」  → 「動きではない」(制限なし)

「動いていないのに距離が広がる」——これが宇宙膨張の本質です。だから遠く離れたレーズンが「光速以上のペースで離れていく」ことが起きても、誰も光速を超えて動いてはいないので、特殊相対性理論には反していないんですよ。

一般相対性理論なら、光速超えはOK

特殊相対性理論は「空間の中の運動」を扱いますが、宇宙膨張を扱うのはもうひとつの一般相対性理論です。これは空間そのものの伸び縮みを扱う理論。

そしてこの一般相対性理論では、遠く離れた2点の「離れていく速さ」は、光速を超えてもよいんです。

実際、約145億光年より遠い銀河は、私たちから光速以上の速さで遠ざかっています。

だから「観測できる宇宙」には限界がある

光速を超えて遠ざかっている銀河からは、光が私たちまで届きません。

📝 NOTE

銀河から光が出る → 銀河が私たちから光速以上で遠ざかる → 光が永遠に追いつけない

この境界線を宇宙の地平線といいます。地平線の向こうにある宇宙は、原理的に観測できません。「ある」と理論上は考えられていても、見ることは絶対にできない。

宇宙全体  → 無限かもしれない
観測可能な宇宙 → 半径約465億光年の範囲
それより遠く → 永遠に届かない

なんだか切ない話ですよね。宇宙には「絶対に見えない領域」があるんです。

宇宙の未来——ビッグリップ?

加速膨張がこのまま続くと、宇宙はどうなるのでしょう?

可能性のひとつがビッグリップ(Big Rip)です。膨張がますます加速し、最終的には銀河も、太陽系も、原子さえも引き裂かれてしまう——という終わり方です。

別の可能性は熱的死。宇宙はだんだん広がって冷えて薄まっていき、やがてすべてが均一でほぼ絶対零度の状態になる、という終わり方です。

どちらになるかは、暗黒エネルギーの正体がわからないと結論が出ません。今のところ「熱的死」が有力ですが、ビッグリップの可能性も否定されていないんです。

アインシュタインの「最大の失敗」が復活した

最後に、ちょっとしたエピソードを。

アインシュタインは1917年、自分の方程式に宇宙定数という項を入れていました。当時は「宇宙は静的(広がりも縮みもしない)であるべき」と考えられていたので、重力で宇宙が縮まないように釣り合わせるための項として導入したんです。

でもその後、ハッブルが宇宙膨張を発見しました(第3回)。「宇宙は静的ではない」——アインシュタインは宇宙定数を取り下げて、「人生最大の失敗だった」と語ったといわれています。

それから70年以上が経った1998年、加速膨張が発見されました。空間を押し広げる謎のエネルギー——これはまさに、アインシュタインが消したはずの「宇宙定数」と数学的に同じ形をしていたんです。

1917年 アインシュタイン:宇宙定数を導入
1929年 ハッブル:膨張発見 → アインシュタイン撤回
1998年 加速膨張発見 → 宇宙定数の復活

「最大の失敗」がじつは正解だったかもしれない——科学の歴史はときに、こんなドラマチックな展開を見せてくれます。


次回: 標準宇宙論を6回かけてご紹介してきました。次回はシリーズのまとめとして、ビッグバンから現在、そして未来までの宇宙の物語を一気通貫でお話しします。これまでの回をぜんぶつなぎ合わせて、ひとつの大きなストーリーとして見直してみましょう。

📚 シリーズ:標準宇宙論

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